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カンボジア活動報告

第1回 カンボジア訪問(カンボジアの歴史とKJCについて)

カンボジア。
いわゆる「発展途上国」と言われ、様々な産業が目まぐるしく成長しているこの国で、特に遅れがみられるものが「医療」です。
なぜカンボジアがこのような状態になっているのかはその歴史背景が大きく関わっています。
1975年、ポル・ポトが革命という名のもと大量虐殺を行いました。
ポル・ポトは原始共産主義社会、つまり資本主義の要素を全て否定した社会を作ろうとし、貧富の差が生まれる階級など全て廃止、通貨も禁止、知識層である教師、弁護士、医師が次々と殺され、しまいには眼鏡をかけているというだけで殺されたといいます。
実にわずか4年間でカンボジアの総人口800万人のうち150万人以上もの人々が虐殺されました。
悪夢のポル・ポト政権後、生き残ることのできた医師は数十人。
教科書などは全て焼かれてしまったので正しく教えることもできない状態でした。 深刻な医師不足に頭を抱えた政府は、内戦の際に衛生班として多少手当てができる人達に医師免許を配布し、医師として働かせました。
もちろんきちんとした医学の教育を受けた人ばかりではなく各々の方法で治療を行っていました。
そして今、カンボジアで主軸となって働いているのが彼らであり、そのような人々はプライドが高く、自分が正しいと信じ、他からの意見を受け入れようとはしません。
基本的な知識不足に加えて、排他的な思想が現在のカンボジア医療の発展を妨げている原因の一つのようです。
今回、そのようなカンボジアにて「世のため人のため、より良い医療をより安く」「日本の医療を輸出産業に育てる」の2つを経営理念に首都プノンペンにてクリニックを開設しているKitahara Japan Clinic(以下KJC)を見学させて頂きました。(参照画像@,A)
  
@Kitahara Japan Clinic
@Kitahara Japan Clinic
AKJCリハビリ室
AKJCリハビリ室
ここでは主に交通事故患者や脳梗塞患者のリハビリを行っています。
そもそも「リハビリ」という概念がないというカンボジア。
そのカンボジアで「リハビリ」という行為が少しずつ定着しつつあるというのでKJCのスタッフの方々の並々ならぬ苦労が目に浮かびます。

また、カンボジアは貧富の差が著しく、十分な治療費を払うことができない貧困層も少なくありません。一方、富裕層はタイやベトナムなど設備の整った隣国にて治療を受けます。いわば、カンボジアの富が国外へ流出しているのです。
貧困層は国外からの支援で最低限の治療を受け、富裕層は国外に行ってしまう。
このような状態ではカンボジア国内の医療の発展はありえません。

多くのNGOが「無償」で治療行為を行う中、KJCではあえて「有償」で行っています。
人は「無償」の援助をされている限り、そこから何かを得ようとは思いません。
KJCでは日本人スタッフが治療やリハビリ行為などを行うだけでなく、カンボジア人スタッフを雇い、きちんとした教育を行い、また講習会を定期的に開催するなど現地スタッフの指導・育成にも力を注いでいます。

クリニックの横に農園を作り、治療費を払えない患者に対してはリハビリも兼ねた農作業をやることで治療費の不足分をまかない、治療後も効率の良い農業で自立できるよう教育まで行っているというので驚きです。(参照画像B)
BKJCの農園
実際に日本の医師が診察を行い、必要時は日本にいる医師とインターネット通信にて問診を行うなどまさに“日本クオリティー”の医療提供を目指しているクリニックでした。



しかし、日本同様の医療を行うにあたりカンボジア国内の医薬品・医療機器の不足が大きな障害となっていると感じました。


現在KJCでは日本の医師が処方を行う場合、日本の製品名で処方→スタッフが1つ1つの薬の成分名を調べる→処方内容と同一成分の薬が置いてある薬局を電話等で探す→患者をその薬局に斡旋という流れで行っています。
そのうえ流通にばらつきがあり、手配が難しい薬剤も多数あります。
日本の医師が治療を行うに当たり、日本同様の医薬品を処方するというのは非常に難しい状態といえます。
カンボジアの国立病院でさえも必要な薬剤を確保できず、外来患者だけでなく入院患者に対しても処方せんを渡し、輸液から抗癌剤に至るまで院外にある薬局に買いに行かせ処置をするというような状態が日常的に行われています。



私は2013年10月に現地に向かいカンボジアで流通している医薬品の現状把握活動を行いました。