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カンボジア 医療を感じるスタディーツアー
カンボジア
医療を感じるスタディーツアー

報 告 書                 竹原 瑞陽(あい薬局)               平成29年2月28日

・1日目(2月28日)

 ついに楽しみにしていたカンボジア。ホーチミンで乗り継ぎ、プノンペンへ到着。市内の様子は想像していたよりもずっと活気があって驚きました。建物に囲まれていて交通量が多く、特に日本車やバイクが多いのですが、車間距離がとても狭いため交通事故が多いというのがうなずけます。初日は夕方過ぎにホテルに到着し、ツアーの参加者全員と合流後、自己紹介を行いました。ツアーにはハートフルの同期3人以外に看護教員、看護学生、私立中学の教頭先生、その他にも福祉関係の仕事をしている方などが参加していました。参加者はそれぞれがカンボジアに様々な思いや志を抱いての参加であり初日から多くの刺激を受けました。



・2日目(3月1日)

 この日に見学したのはトゥールスレーンと呼ばれる収容所、killing fieldと呼ばれる刑場跡地でした。
 ポル・ポト時代、人間が狩猟採集していた時代を理想とした思想により、300万人近い国民が虐殺されました。虐殺は少年兵によって行われ、医師、教師、芸術家など様々な職種の国民が数多くその被害に遭い現在も国土のあちこちに遺体が埋まっているといわれています。カンボジアの医療が遅れている原因の一つとしてこの虐殺によって医療人が殺されてしまったことが考えられます。

 トゥールスレーンにはポル・ポト時代に使われていた拷問器具や当時の部屋がそのまま残っていて、鎖のついたベッド、床には血の痕がありその時代の悲惨さを物語っていました。また収容された人々の写真も残っており、その悲しみに満ちた表情が忘れられません。


 収容所から処刑のために連れて行かれていかれるのがkilling fieldと呼ばれる場所であり、人々は何の罪なのか目的や理由も分からないまま殺されていました。この場所が発見された時は埋められた死体のガスで地面が盛り上がり膨張していて、ものすごい悪臭であったといわれています。中心には慰霊塔が建てられてありました。慰霊塔にはここで発見された遺骨がならんでいて重く冷たい空気を感じました。

 約40年前、クメール・ルージュにより国民が受けた傷はまだ記憶に新しく過去の話と割り切ることはできない問題だと思いました。現地で働く理学療法士の平井さんの話では、拷問から生き延びた人の中に当時の影響が肩や腰などの障害として表れている患者さんもいるということです。現地で医療を行ううえでは知っておかなくてはならない歴史であると思いました。



・3日目(3月2日)

 この日は実際に医療施設を見学させてもらいました。


・コサマック病院

 プノンペン市内にある国立病院。病院の建物に窓がなく病室は全体的に薄暗いという印象ですが、最も日本と異なる点は家族や親戚が病室に大勢お見舞いに来ていて、泊まりこみで看病をしていることだと思います。看護師の数も少なくナースコールも無いため、点滴の交換や速度の調節は家族が行っていました。カンボジアでは患者さんが入院するとその家族が仕事を休んで全員でお見舞いに来るのが当たり前のようです。自分の家族の健康以上に大切なものはないのではないか、というように現地で働く日本人の考え方も変わっていくようです。しかし患者家族が病室にコンロを持ち込んで調理を行っている状態や家族が点滴をセットしている状態はこれから改善していくべきだと思いました。 今回は特別にICUやレントゲン室なども見せてもらうことができました。CTの機械などは日本と同じものが使われていましたが検査の費用が高額なために一般的な検査として使われていないそうです。料金は前払い制で貧困層の患者さんは十分な検査や治療を受けることが出来ないこともあります。


・DENRICHE ASIA DENTAL CLINIC

プノンペンにある歯科医院。医院の中はとても綺麗で設備も最新のものが揃っています。ここでは日本人の歯科医師がカンボジアの歯科医師を育てながらインプラントや最先端の治療を外国人観光客やカンボジアの富裕層をターゲットに行っているようです。

 カンボジアでは数年前まで歯科医師の免許なく路上で虫歯を抜歯するだけという歯医者が主だったそうです。現在も地方ではそのような状態が続いているため、現地の歯医者のレベルは日本とは天と地のような差があります。カンボジア歯科医師の教育についてこの医院に勤めている大塚先生の話では、「カンボジア人は真面目で勉強も熱心だが、因果関係を考えたり結びつけたりすることが得意でない。そのために何かトラブルが起きたときに対処する能力が足りない。カンボジア人によって治療を行っていくためにはそういった点を考慮して教育していかなければいけない。」ということでした。また、カンボジアでは歯磨きの習慣が浸透していないので虫歯の患者も多く歯ブラシを配って使い方を教えるボランティアなども行っているそうです。


・Sunrise Japan Hospital


 日本の病院丸ごと輸出として設立された病院。北原国際病院のスタッフなど日本人が約20人と日本で研修を受けたカンボジア人スタッフ約100人で構成されています。最初の感想はコサマック病院とはまるで違っていて、とにかく院内が綺麗で明るい、屋上にはガーデニングなどもあって日本の病院以上に居心地のいい空間だということです。さらにVIP病床というより一層綺麗な病室が用意されていることにも驚きました。
 この病院では日本と同じレベルの治療を行うことができます。とくに脳治療には最先端の医療機器を導入していました。カンボジアには脳という概念がなかったそうなので、現地で脳外科の高度な治療が行えることはカンボジアの医療に大きな影響があると思います。院内の薬は日本のものを70% 他にはフランス産のものが多く、まだ少ないようですがカンボジアブランドのものも使用していました。コストの問題で全て日本の薬とはいかないものの、カンボジア人の体格がヨーロッパ人よりも日本人に近いことや輸入に規制がかかりにくいことなどの理由で日本の薬を多く使用しているようです。院内薬局には日本の薬局でもお馴染みの調剤棚や分包機がありました。



・メディカルストリート

 通りには薬局が数十店舗も乱立していました。薬局によって店内が明るくて綺麗になっているところもあれば薄暗いところもありました。どこの薬局にも同じような医薬品がならんでいるように見えましたが、店によって期限が切れていたり、偽物の医薬品が販売されていたりするようです。また、患者さんは処方箋がなくても全ての医薬品を自分で購入できるため乱用などの危険性も考えられます。薬剤師でない者による薬の販売や購入のルールを見直していく必要がありそうです。店頭には医薬品以外にも松葉杖や点滴セット、他には車椅子や酸素ボンベなども売られていました。


・4日目(3月3日)

 スナーダイ・クマエというシェムリアップの孤児院に訪問しました。日本人のメアス博子さんという方が運営していて、運営に至るまでやどのように子供たちを育てているかなどの話をしてもらえました。ここにいるのは虐待を受けていた子供や親や家族がいない子供などで誰かの助けが必要な子供たちです。しかし子供たちは全て面倒を見てもらおうとするのではなく料理や洗濯など身の回りのことを自分たちで工夫しながら取り組んでいました。
 寄付やボランティアを受けているカンボジア人の中には、自分達で何とかしようと考えずに寄付やボランティアをあてにして生活しようとしてしまう人もいるそうです。自分達で出来ることは自分達でやるという考えを育ちの中で学んでいくことがとても大事なことなのだと思いました。


・5日目(3月4日)

 最終日はアンコール・ワット、アンコール・トムの観光でした。アンコール・ワット遺跡の水面に映る様子はとても美しく良い思い出になりました。遺跡の内部も内装などがとても細かく廊下の絵画にストーリーがあったり東西南北を正確に指し示す場所があったりと驚きの連続でした。最後まで楽しむことができました。

 今回のツアーに参加して、海外で活動することの難しさ、特に言葉や文化の壁を痛感しました。しかし、それと同時に日本人同士のつながりの大切さも感じました。これから国内国外問わず多くの人との交流を大切にしてコミュニケーション力を養うことが様々な場で活躍できる薬剤師への一歩だと実感しました。そして是非またカンボジアに行ってみたいと思いました。
 貴重な経験とその機会を与えてくださった会長、ビザ申請や乗り継ぎ手順を教えてくださった篠原さん、本当にありがとうございました。