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カンボジア 医療を感じるスタディーツアー
カンボジア
医療を感じるスタディーツアー

報 告 書                 高橋 透泰(桜ヶ丘店)             平成29年2月28日

 

カンボジアは1970年代に起きた内戦によって多くの医療者を失い、他の国よりも医療や経済において遅れを取っている。このスタディーツアーではそのような辛い歴史のあるカンボジアの国立病院である、国立コサマック病院と、「日本の病院丸ごと輸出」と称される日本政府の政策の1つであるSunrise Japan Hospitalを見学し、実際に働いている日本人の方のお話を聞き、カンボジアの医療の現状を学ぶことを目的として参加した。

1日目は内戦の歴史を知るため、拷問を行っていたトゥールスレン虐殺犯罪博物館と、拷問を受け終わった人が処刑をさせるキリングフィールドを訪問した。内戦中、アメリカ軍の農村部への爆撃により農村の人々は移民として都市部に逃げてきたため、農村での食糧生産は大打撃を受けた。カンボジアの食糧危機回避するために、かつて存在したカンボジアの政治勢力・武装組織であるクメール・ルージュ(ポルポト派)は、「都市住民の糧は都市住民自身に耕作させる」という視点から、都市移住者、資本家、技術者、学者・知識者などの一切の財産・身分を強奪し、郊外の農村に強制移住させた。彼らは農民として農業に従事させられ、多くは「反乱を起こす可能性がある」という理由で処刑された。この内戦により、人口700万人いたカンボジア人口が400万人に、医師数も430人から21人まで減った。

今回見学したトゥールスレン虐殺犯罪博物館は、内戦が行われる前は学校として使用されていたが、内戦時では収容所として使用された。ここでは約1週間〜1か月ほど収容され、残酷な拷問が毎日繰り返し行われた。内戦の2年9カ月の間に14,000〜20,000人が収容され、そのうち生還出来たのはたった8人だけであった。また、次に訪れたキリングフィールドはカンボジア全土に300個以上あり、今回訪れたプノンペンのキリングフィールドはその中でも大型のキリングフィールドの一つである。ここはトゥールスレンのような収容所で収容されていた人が処刑させる場所であり、銃を使わず、ナタ、ハンマー、ヤシの木、農具などの身近なものを使い毎日300人もの人が処刑され、訪問したプノンペンのキリングフィールドだけでも2万人が処刑された。キリングフィールドの中央には慰霊塔があり、亡くなった方々の頭蓋骨が収容されており、この頭蓋骨にはヒビや、穴が開いている物も多く、残酷な方法で処刑された跡が残されていた。


  

(トゥールスレン収容所の建物)

(キリングフィールドの慰霊塔)




2日目はカンボジアの医療を学ぶため、国立病院であるコサマック病院と、日本の支援で運営されている Sunrise Japan Hospital を見学した。コサマック病院はカンボジア国内に3つある国立病院のなかの1つで、安い費用で治療を受けられることから、貧困層の人が利用する病院である。床数は300床数あり、患者さんが入院している病棟とは別にOPE室・ICUなどが入った棟、糖尿病専門の棟などがあり、大規模な病院だった。救急病棟も15床あり1日40〜50人の患者さんが運び込まれ、その中の15〜20人は交通事故が原因で運ばれてくる患者であり、最も大きい割合を占めていた。この病院の中で特に衝撃を受けたのは病棟だった。病棟には窓ガラスはほとんどなく、窓からは地面から舞い上がった埃や、雨などが容易に入り込んでしまう様な構造になっていて、とても衛生的とは言い難かった。また、病棟は5階建てであるのにも関わらず、エレベーターは無く、階段を登れない患者さんは人に担がれて運ばれていた。病室には1室当たり2〜4人の患者さんが入院しているのだが、患者さんが入院している間は同じ病棟にその家族も泊まり込み、付きっ切りで患者のお世話をしていた。また、ここの病院では病院食が無く、家族が病院の中で食事を作り、患者さんに提供していた。また、カンボジアにおいて看護師の地位があまり高くなく、給料も市場で商売をしている人よりも低い。そのためなのかは分からないが、看護師の意識はあまり高くなく、病院内の40人いる看護師の中で、38人が午後3時に帰宅してしまい、翌朝までは看護師たった2人だけで300床の病院全部を担当しなければならない。このようなシフトを改善しようとしても、なかなか改善できず、看護師の体制を整えてもっとICUの床数増やしたいと思っても、実施出来ていないようだった。また、この病院ではカンボジア人の医療従事者の他に日本人の理学療法士や医療事務などの様々な医療従事者もカンボジアの医療の向上を目指して共に働いた。そこでは、カンボジア人の考えを取り入れて、より良い病院にしていくため、日本人だけで考えて何かを提案するのではなく、カンボジア人と日本人のスタッフがお互いに意見を出し合い、新しいものを作っていくようにしていた。

(コサマック病院の病棟の外観)

(コサマック病院の病棟の廊下)



次に見学したSunrise Japan Hospital は去年オープンしたばかりの救命救急機能を持つ病院である。日本政府の「日本の病院丸ごと輸出」の成長戦略と同じ目的を有する事業により設立された。カンボジアは東南アジアの中でも医療が遅れているため、年間25万人ものカンボジアの富裕層の人は多くのお金を払って、ベトナムやタイなどの医療が発展している国まで行って医療を受けている。このような人が外国で医療を受けるのと比べて安価で、カンボジア国内で高度な医療を受ける様になることを目的に作られた。ここでは20人の日本人のスタッフと80人のカンボジア人のスタッフが働いていた。床数は50床あり、設備は、最先端の血管内治療が出来る手術機械や、血液や検体を検査する機械があり、日本の病院に引けを取らない位充実しており、コサマック病院とは全く異なっていた。また、ここで働くスタッフの給料はコサマック病院と比べてとても高く、そのためかスタッフの意識もコサマック病院と比べて高く、コサマック病院で問題になっていた看護師のシフト問題も、ここでは日本と同様のシフト体制を取っており、夜勤の人数も確保出来ており、ICUを行う体制が整えられていた。入院中の食事も日本と同様に院内食があり、入院患者の栄養管理も行われていた。また、治療内容は日本の様に保険やガイドラインに縛られている訳ではないので、日本では認められていないような最新の治療も行えるので、日本と同等以上の治療を行っていた。また、ここではカンボジア人の医療従事者への教育にも力を入れており、日本の病院や薬局に派遣し、日本の医療を学ぶ制度もあった。しかし、やはりこの病院の問題は治療を受けるための費用が高い事である。入院するためには最低でも1万5千円程はかかってしまうため、最低月収が1万4600円のカンボジアでは、Sunrise Japan Hospital で治療を受けることが出来るのはカンボジアのほんの一部の富裕層だけであった。

(Sunrise Japan Hospitalの外観)

  

(Sunrise Japan Hospitalの病室)

  

このツアーに参加するまでは、カンボジアで内戦があった事すら知らなかったが、このツアーを通じて、カンボジアの内戦歴史を知り、日本では経済成長真っ只中の40年前にこのような悲惨な大量虐殺が起きていたことにとてもショックを受けた。また、40年前の出来事であるので、内戦中に強制労働を強いられ、強制労働の後遺症をもった人々が町で普通に暮らしている。このことからカンボジアで医療を行うに当り、内戦の歴史を知ることはとても重要である事を感じた。また、日本ではどの病院に行っても、誰でも同じ医療が安く受けられる事はごくごく普通の事だが、カンボジアの病院を見学して、改めて日本はとても恵まれているなと感じた。そして、カンボジアの医療体制はまだまだ発展途中であるため、外国からの支援は欠かせないと感じた。
しかし、カンボジアで働いている日本人の方に話をお聞きしたところ、カンボジア人は多くの国から支援をよく受けるため、悪い意味で「支援慣れ」をしてしまっているそうだ。例えば、自分でわざわざお金を払って健康診断を受けなくても、待っていれば外国からの支援によって無料で健康診断を受ける機会が来るので、それまで待とう。というように。このように「支援慣れ」をしてしまうと、外国がカンボジアの発展の為に支援をしているのにも関わらず、発展に繋がりにくいと思った。従って、支援する側もただ漠然とカンボジア人に医療を受ける機会を与えるのではなく、Sunrise Japan Hospitalの様に医療の技術を教育するなど、「支援慣れ」しているカンボジアにとってより効果的な方法を考えて支援する必要があると感じた。また、カンボジアの方と触れ合い、カンボジア人の家族思いという国民性を感じた。カンボジア人は家族や親戚の体調が悪くなるとそばに寄り添ってあげたいという理由で数日間も仕事を休むことあり、実際に病院を見学した際に、病室には患者さん1人に対して、5〜6人の家族が患者に寄り添っているという様子をよく見かけた。日本ではそのような理由で仕事を休んだ場合、「そんな理由で仕事ほったらかして何日も休むなんて無責任な奴だ」と思われる事があると思うが、カンボジアではこれが普通である。家族が最優先なカンボジアの人を見習い、さすがにカンボジア人程の家族最優先の生活は難しいと思うが、自分を育ててくれた両親、一緒に育った兄弟、いつも見守ってくれている親戚を今まで以上に大切にして暮らしていきたいと思った。

また、カンボジアの医療の現状を知り、まだまだ日本に比べると遅れていると感じた。しかし、コサマック病院では毎月毎月新しいシステムを導入し、少しずつではあるが日々発展し続けている。これは他の国からの援助があるからだけではなく、コサマック病院の医療従事者が他の国の援助を素直に受け入れ、医療を発展させ、カンボジアの人により良い医療を受けさせてあげたいという思いが強いからこそだと思う。このコサマック病院の医療従事者の医療に対する姿勢は日本の医療従事者にとってもとても重要な事であると思う。これから医療従事者として働く私もこの姿勢を見習い、他の人の意見を素直に聞き入れ、患者さんにより良い医療を提供出来る様になるために、現状に満足することなく日々成長し続けていきたいと思う。

このスタディーツアーでは、カンボジアの医療だけではなく、様々な事を学ぶことが出来た。この経験を忘れず、4月からの薬局業務や私生活にも生かしていきたい。この様な貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。